2015年07月17日

私がヨガをやりたくなるワケ

こんにちは。スタジオ・ヨギーPR部のタケです。

 

突然ですが、先日、『気にしない練習』という本を読みました。

 

名取芳彦(なとり・ほうげん)さんという、お寺の住職さんによる著書なのですが、見開き2ページで1コラムの構成で、とても読みやすい内容。仏教的視点から、日常のあれやこれやに照らし合わせて、思考をシンプルに過ごそう、といったものです。

 

そのなかで、ひとつ、「ああ、これこれ!」と感じたものがあったので、ぜひここでご紹介しますね。

 

著者の名取さんが、話し方の勉強をしていたときに、先生がこんな質問をしたそうです。

 

「子供が、縁側で画用紙にクレヨンで一生懸命絵を描いていますが、クレヨンが床まではみ出だしています。
さあ、この様子を見てあなたはどう思いますか」

 

えっと…と分析して、「クレヨンを強く握りすぎだ」とお話しする人もいるかも。
でも、素直に「掃除が大変!」と感じればいい、そう人に伝えればいい、そのほうが話を聞く人の心に抵抗なく入っていく。

 

というくだりがありました。

 

つまり、頭で理解する、理屈で考えるばかりでなく、自分の心が何を感じているかを楽しむ時間を持ってみよう、
ヨガ(仏教では、瑜伽)は、そういった「理屈」から離れるのにいいツールだよ、と書いてあるのです。

 

ここに「ああ、これこれ!」と思ったのです。私がヨガをやりたくなるのは、こういうことだったのだなと。
頭で考えず、インストラクターの指導に任せて、頭やカラダを開放できる時間なんだなぁと。

 

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怠け者の私は、仕事や家事、子育てでも、なんでも少しでも楽に…!と思ってしまうので、いろいろ考えてしまうのですが、これらを手放す時間、解放される時間がほしいのです。(そしてスッキリして、また楽するためにいろいろ考えたいと・笑)。

 

『頭で考える』のは、決して悪くないし、必要なことですよね。
それと同時に『心で感じる』のも、とても気持ちいいこと。人生を豊かにするために、意識的にしたいです。

 

そして、私がこれまたシビれた、名取芳彦さんの文章が、こちら。

 

満天の星、高峰でのご来光、山林のしじま、落日の荘厳さ、雪山の崇高さ……。
理屈では説明のしようがない、どんな絵師も筆を投げ、音楽家も弦を切りたくなるような世界がたくさんあるものです。

 

こんな体験を、いっぱいしたいです。

 

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